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中岡慎太郎史跡

日本を変えた慎太郎の生まれ故郷をさんぽ

中岡慎太郎生家室内

中岡慎太郎生家門

❶中岡慎太郎生家

ドラマの連続だった
30年の人生のスタート、
北川郷柏木からたどりました。

慶応3年(1867)京都河原町の近江屋で坂本龍馬とともに暗殺された中岡慎太郎の生まれ故郷、ゆかりの地を歩きます。「中岡慎太郎館」の周辺にあり、自然の中をめぐるウォーキングコースとしても最適。慎太郎ロマンを感じてください。

中岡慎太郎生家

慎太郎は天保9年(1838)4月13日、茅葺き屋根、肘屋建築の家で誕生しました。庄屋の家には必ず勘定の間があり、庭に面した式台、次の間、客間は公の間、その他の奥の間を私生活に使われています。昭和42年(1967)に復元、県指定史跡。

中岡慎太郎遺髪墓地

松林寺には中岡家の墓地があります。慎太郎の墓は龍馬と同じ京都の霊山護国神社にもありますが、この北川村にも妻・兼の墓と共に慎太郎の遺髪が納められています。この遺髪は、「禁門の変」の前に、家族に宛てた手紙に添えられていたものです。

中岡慎太郎向学の道

慎太郎が漢方医・島村策吾の塾や、田野学館へ通学するときに通った道を、現在は「中岡慎太郎・向学の道」と呼んでいます。片道約90分の山道を毎日往復して勉学に励んでいました。

中岡慎太郎像

平成11年(1999)、生誕160年を記念して、全国から募金によって建設された銅像です。この石碑のなかには建立記念誌、北川小・中学校の文集がタイムカプセルとして埋蔵され、生誕200年(2038)の年に取りだされます。

まだまだあります、
慎太郎スポット!

北川村の青年団が慎太郎を知る田中光顕(元宮内大臣、陸援隊隊員)に相談して、昭和2年(1927)に建立した「中岡慎太郎顕彰碑」や、少年時代に川遊びをしていた「巻ノ淵」、向学の道の途中には幼少時代の名前が付けられた「光次の並木」があります。

❷中岡慎太郎遺髪墓地

❸中岡慎太郎向学の道

❹中岡慎太郎像

 

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